朝倉海選手の勝利を見て、司法試験受験を決める。
石井先生から、
辛辣なコメントを頂戴した零は、その日、迷いと悔しさに紛れた感情で、どうしていいか分からずにいた。そんな時、目にしたのが朝倉海選手の勝利であった
勝利
— 朝倉 海 Kai Asakura (@kai_1031_) 2023年5月6日
久しぶりの試合最高に楽しかった pic.twitter.com/Wf2qX92Y1P
しばらく試合が空いていたにもかかわらず、
また、日常は笑顔を絶やさない海選手が、いざ試合となると、豹変したように攻撃的になる。少し凹んだ零にとって、膝をカウンターで入れる朝倉海選手はかっこよく映った。
専門的なスキルを身につけたいと思うようになった。
【法務3日目】司法試験との出会い
翌々日、零は令和元年の憲法の問題について回答を作り、就業時間前の朝8時に。顧問弁護士である石井先生に、答案を送っていた。
午前11時に回ったあたりだろうか、
石井先生から1通のメールが届いていた。メール本文には何のコメントも記載されていない。零は、メールに添付されたPDFファイルを開いてみた。
PDFに赤い文字でおびただしい数のコメントがされていた。
零の答案の文字サイズが20であったのに対し、石井先生のコメントは、文字サイズ8だった。その内容をみても、「制度的保障を理解していないことが表現からみてとれる」、「法的三段論法が遵守されていない」、「規範とあてはめが一致していない」という基本的なものばかりであった。自分なりには書けたつもりになっていた答案について、答案の中核となる政教分離の法的性格さえ不理解を指摘され、規範とあてはめの不整合まで指摘されるとさすがに気が滅入る。「20行目の意味がいまいち分からない」というコメントさえ見つけてしまった。
零は悔しかったが、どのようなものであれ、お礼を言わなくてはいけないと考えた。
おそるおそる石井先生に電話をかける。
プルルルル…。
石井「はい、石井です。」
零「先生…、零です。先日は、ご多用の中、私のためにお時間をいただきまして、有難うございます。先生から頂いたコメントから学ばせていただき…」
石井「答案見させてもらったけど、君には「憲法の解釈の誤り」を指摘することは当分先そうだな。ハハハ。しかし、君も、法律で飯を食っているというのであれば、法律の基礎くらい、司法試験を通じて、勉強してみてはどうかね。「受けちゃえ、司法試験」という時代なんだろ。ハハハ。では、これからクライアントとミーティングがあるから、また今度。商標権侵害のレターは、明後日には遅れるから確認をしてくれたまえ。それではまた何かあったら言ってくれ」
【法務2日目】「キミ、法律の勉強をしたことないでしょ」(商標法第2版-茶園 成樹)
「お、君が新しく法務部に配属した零君か」
そういってこちらに駆け寄ってきたのはマーケティング部の三浦さんだった。
「実は、オレ、うちの顧問弁護士が苦手でさ。相談するたびに、何かおれが悪いことをしたかのように怒られちまうんだよな。こっちはお金を払っているクライアントだぜ?どっちが金をもらってるか分からなくなっちまうよ。で、早速相談なんだけど、実は、うちがアイコンととしているキャラクターあるじゃんか。どうか考えても、うちのキャラクターをパクったものを見つけちゃってさ。上かもどうにか対処しろと言われているんだけど、おれの代わりにうちの顧問弁護士に相談してくんねぇかな。ほら、零くんが直接判断してくれてもいいんだけど、まだ入社間近で、社内のこととか分かってねぇだろ。だから、弁護士費用はうちの部署で持つから相談だけして欲しいんだ。上にレポート渡さなきゃいけないから、議事録の作成もよろしくな」
三浦さんはそう言って、社内のキャラクターの商標登録番号と模倣されたキャラクターの画像が掲載された動画のLINK、弁護士の連絡先を渡して、そそくさと立ち去っていった。顧問弁護士の名前は、上村さんというらしい。
零は、商標法の経験がなかったものの、なんの準備もしないのは良くないと思って、2冊ほど、商標関係の本を読むことだけをして、面談日を迎えた。
この本の目次は下記のようなものだった。
第1章 商標保護制度
第2章 商標と商標の使用
第3章 商標の登録要件
第4章 商標及び商品・役務の類似
第5章 商標登録出願手続
第6章 登録異議申立てと審判
第7章 審決取消訴訟
第8章 商標権
第9章 商標権侵害
第10章 侵害主張に対する抗弁
第11章 侵害に対する救済
第12章 商標権の利用
第13章 特殊の商標
第14章 マドリッド協定議定書に基づく特例
この書籍は「初めて商標法を学ぶ人にも理解することのできる教科書として作成された」とある一方で「商標法の基本として知っておくべき事項のすべてが解説されて」いた。また、記載の「内容についても、原則的に判例・通説によることとし、執筆者独自の見解は控えるようにしている」とも説明されている。本当であれば、今回寄せられた法務相談に対しても、複数の書籍を参照し、自身の見解をもって臨みたかった。しかし、零は、仕事では、締め切りこそ重要だと考えた。自身の学習のペースに合わせて、会社を遅らせるわけにはいけない。零は、商標法の知識を簡易にだけ学びつつ、上村弁護士からの助言をよく聞くことにした。零は、事前準備として、事案の理解にだけ努めた。
オンライン会議での顧問弁護士との相談。
零が一通り、会社に起きた事態や相談内容や回答をレター形式で欲しいことなどを伝えると、上村護士は、「で、君の見立てはどのようなものなんだい」と聞いてきた。零は「い、いや…」と、特に回答を準備していないことに焦った。その空気に耐えきれず、昨日読んだ書籍の中で記憶に残っているものを使って回答を試みてみたものの、石井先生の顔は、みるみる曇るばかりであった。
「キミ、法律の勉強をしたことないでしょ」
石井先生は言葉に躊躇する様子を見せることなく、零に向かって言い放った。
「キミの発言を聞いているとね、構成の大枠こそズレていないかもしれないけど、この事例の問題点がどこにあるか分かっていないことを、まるで自白しているように聞こえるんだよ。引用した条文も不正確だし、定義も不正確、事実の評価も中途半端。何年、法務をやってきたんだい。」
「す…すいません」
「この件は、私の方でレターを作成してメールを送るから、キミは、令和元年の予備試験の憲法の問題でも解いてみなさい。見てあげるから。」
零は「分かりました」と告げながらも、「なんで憲法なんだろう。なんで、相談とは無関係なことをさせられるのだろう。添削を受けるとしても、その費用は会社の費用にならないよな。」。そんなことを心配しながら、オンライン会議を終えることになった。
零は丸善へと向かった。
2023年の目標もまた「自分を知ること」(〜解像度を上げる〜)
2023年が始まったようだ。
新しい年が始まると、何か新しいことができるのではないかと期待する自分がいる。
零は、2022年の12月に入社し、予行練習という名の営業日を数日だけ経験し、2023年を迎えた。そんな零にとって、2022年12月は、2023の準備運動だった。零にとって、2022年12月の時点では、すでに2023年は始まっていたようなものだ。
2023年1月1日の朝も、目覚めるとスマートフォンは朝5時を表示していた。
零は、”すくり”と布団から出て、コーヒーを買いにコンビニエンスストアに向かった。太陽も登らぬ朝5時の早朝、大晦日から元旦にかけて遊んだ少し元気な若者が自転車を漕いで騒いでいる。
2023年の目標もまた「自分を知ること」を目標としていきたい。
年末のタイムラインは2022年に読んでいた書籍の紹介で溢れていた。
年末年始の準備としてだろうか。良書が紹介されては、別の方がAmazonで紹介された本を購入する姿が見られた。零は、このようなやりとりをみて、素敵だなと感じつつも、同時に、タイムラインを賑わす猛者たちの読書スピードや行動力に圧倒されたりもした。少しへこみながらも、自分の能力と経験、知識、体で、これからもやっていかなくてはならないと思い返したりなどもした。自分と比べて圧倒的な識別能力がある人をみたからといって、自分の能力はあまり変わらない。素敵は素敵。
上に貼付した馬田隆明さんの執筆された「解像度を上げる」でも、
解像度を上げることのひとつの手法として「自分がどうしたいかを考える」ということが挙げられている。零にとって、読書は、自分を知るための術であり、自分がどうしたいかを具体的なものとし(主観面・世界観)、そのために何をするのか(客観面・技術)を知るツールである。「自分がどうしたいかを考え」ながら、読書をすると、書籍に書かれた内容や、人の話が頭に入ってくるような気がする。
零は、2023年も読書の力を借り、人と触れ合い、自分を知ることによって、少しでも豊かな年にしていきたいと思っていた。
【法務(1日目)】格好つけるものでもない(新アプリ法務ハンドブック)
零は、月並みに「不慣れなことも多いかと思いますが」という挨拶をしながら、「将来、振り返った時に、このビジネスを加速するメンバーであったと思われる人でありたいです」と、少しだけ挑戦的な発言も付け加えることで挨拶を終えていた。
人事の方も自分の隣から席を離れて、
自分の席に戻っていった。零は、ひとりとなって、自分の居場所がなくなったように感じ、それをつくろうかのようにiPadを取り出した。増田雅史さん、杉浦健二さん、橋詰卓司さんの3名が執筆された「新アプリ法務ハンドブック」という本を読もうとした。
この本は、零の友人である別のアプリ系法務担当者である山田さんに紹介してもらって購入したもので、山田さんは「僕の経験なんてまだまだ拙いのだけど、この本は、僕のやってきたことのうち、アプリ系の法務担当してやってきたことが結構網羅されていると思ったよ。しかも、実務を担当している方が執筆されたからこそ、記述が具体的で、法律上の根拠もしっかり記載されているし、偉そうだけど、実務上の要点を抑えられていると思う。何より、ポイントを抑えた記述にリードしてもらうことで、無用な法令調査を避けることができると思うんだ。」とお薦めしてくれた。本書のまえがきにも「本書は、アプリ事業にまつわる法務トピックを広く扱いつつ、事業の進捗に合わせた各段階で参照しやすいように情報を整理し、文字どおりのハンドブックとして日々の業務に際して気軽にご参照いただけるよう制作されています」(同書まえがきⅱ)とある。まえがきの末尾にある「本書がアプリ事業に関わる皆様の一助となり、ひいては我が国におけるアプリ法務発展の一助となりましたら幸いです。」に励まされながら、零は、この書籍を読み始めた。
この書籍で取り扱われる法令の一部として、凡例に記載されているのは、下記のようなものであった。
デジタルプラットフォーム取引透明化法/DPF透明化法
消費者裁判手続特例法
電子商取引準則
特定書取引法
資金決済法
出会系サイト規制法
児童買春・児童ポルノ禁止法
メーカー法務を担当してきた零は、そもそも法律名を聞いたことがあるというのがやっという法律も並んでおり、学習の必要性を感じた。そのまま目次を開くと、次のようなことが書かれていた。
第1部 アプリ開発フェーズの法律知識
第1章 アプリ開発前に知っておくべき契約・権利保護の基礎
Ⅰ 法律・契約の基礎と、アプリ法務の全体像
Ⅱ 知的財産権の保護第2章 アプリ開発にあたり確認・締結が必要な文書とルール
Ⅰ デベロッパー向け規約
Ⅱ デジタルプラットフォーム取引透明化法
第2部 アプリ提供フェーズの法律知識
第3章 アプリ利用規約
Ⅰ アプリ法務において考慮すべきアプリサービスの特徴
Ⅱ アプリ利用規約とは
Ⅲ アプリ利用規約に関する近時の重要トピック
Ⅳ アプリ利用規約のサンプルと解説第4章 アプリプライバシーポリシー
Ⅰ アプリビジネスとプライバシーポリシー
Ⅱ アプリ配信にプライバシーポリシーが必要となる理由
Ⅲ プライバシーポリシーに関連する法律の主なトピック第5章 いわゆる「特定商取引法に基づく表示」とは
Ⅰ 「特定商取引法に基づく表示」の概要
Ⅱ アプリ提供時に気を付けるべき特定商取引法上の規制の概要
Ⅲ 「特定商取引法に基づく表示」の具体的記載内容第6章 いわゆる「資金決済法に基づく表示」とは
Ⅰ 「資金決済法に基づく表示」の概要
Ⅱ アプリ提供時に気を付けるべき資金決済法上の規制の概要
Ⅲ 資金決済法に基づく表示
第3部 アプリ運用フェーズの法律知識
第7章 アプリ提供者に課されるユーザー保護規制
Ⅰ 未成年者による取引を保護するための規制
Ⅱ 出会い系・非出会い系サービスの利用者を保護するための規制
Ⅲ アダルトコンテンツ規制
Ⅳ ゲームサービス規制
Ⅴ 違法な情報による被害者を保護するための規制
Ⅵ プラットフォームを利用する消費者を保護するための規制
第8章 広告・キャンペーン・マーケティングに関する規制
Ⅰ 広告表示に関する規制
Ⅱ 景品類の提供を含むプロモーションに関する規制
Ⅲ 広告手法ごとの規制や留意点
およそ、1章あたり40ページ程度で構成されていたので、1日1章程度読むのがちょうどいいかなと思いつつ、零は、「第5章 いわゆる「特定商取引法に基づく表示」とは」と「第6章 いわゆる「資金決済法に基づく表示」とは」の箇所を、自社のWebページの記載と照合しながら読んだ。法律的な背景を知りながら、実際の成果物をみるのが、零にとっては一番勉強になった。
目次を読んでいた矢先、slackのランプが点滅した。
「零さん、ご入社ありがとうございます。法務担当者のご参加お待ちしておりました。早速なのですが、11時からミーティングの場を設けさせていただきました。関係資料を共有させていただきますので、事前に資料を一読していただけると嬉しいです。」というコメントがきた。時計は10時30分を指している。30分しか残されていない。零は、とりあえず、一読して、会議に望んだ。入社初日だし、年末も近い。挨拶程度で終えるだろうと思っていた。
会議に参加されたのは、第1営業部の安井さんという方だった。
彼女は、slackで送られてきた内容と同じく、法務担当者の参加を望んでいたことをさらっと述べた後「早速ですが」と言って、事案の概要を説明し始めた。零は、安井さんが話されたことをメモして、法務担当者らしく振る舞おうとした。一通りの質問を終えたタイミングで、一瞬間があり、その後「何か他に質問はありますか」と聞かれた。零が「今のところ、質問はないです」と答えると、安井さんは「そうしたら、早速、契約書の作成をお願いしたいです。私としては、年内には契約書の送付を終えてしまいたいのですが、問題なさそうですか」と聞いてきた。
「は…はい」
朝会でスピードを意識した発言をした手前、格好つけてしまったのかもしれない。また、安井さんの迫力に押されて、承諾してしまったのかもしれない。思い返した零が「あ…」と言いかけた時には、ウェブ会議はOFFにされてしまっていた。
どうしよう、入社初日からやらかしたかもしれない。
時間が迫っている時こそ、伝えるのが嫌なことでも事実を伝えなくてはならない。
零は、電話することからだけは逃げて、「先ほどはありがとうございました。先程の業務委託契約書の件ですが、本日入社したばかりで、正直なところ、雛形がどこにあるか分からない状態です。また、当社が提供しようとしている見積書や作業期間などの状況も知らないと、契約書がかけません。そのため、本日中の提供は難しいかと思います。先程の発言とは異なり、大変申し訳ございません」。零は、素直に必要な事実のあることとお詫びをした。安井さんは「私こそ、先程はお時間ありがとうございました。業務委託契約書は私も来年でいいと思っていて、ただ、先方には、当社が前向きであることを伝えるためにも、秘密保持契約書を投げてしまいたいのですよね。まだ、会社の簡単な会社概要をお伝えしたのみで、具体的な商談はこれからです。それであれば可能ですか」と聞いてきた。零の気持ちは「☼キー」を10回押したかのように晴れた。「それであれば可能です!」と回答し、零は、総務部に契約書雛形が格納されたフォルダの所在を確認した。零は、先日読み直したなかりの秘密保持契約の実務(第2版)を思い出し、参照しつつ、安井さんに対して、「最後、ここだけは教えてください!」と聞いて、なんとか秘密保持契約書の作成と提供を終えた。
”とりあえず”読んでおこうとだけ思った自分を零は恥じた。
【法務(0日目)】デジタル社会の初歩の初歩(朝会)
神永零30歳。
零は、メーカーである前職を退職し、今年から外資系のスマートフォンアプリの会社で勤務を開始した法務社員である。零のタスクは、ベンチャー企業であるこの会社で、契約審査も行いながら、会社のガバナンス体制を構築することである。いわゆるひとり法務だ。
今日は零の初めての出社日。
零の努める会社は午前10時が始業開始時間である。
零は、遅刻だけは避けなくてはならないと、朝6時には起きて会社に向かった。オンラインで採用面談をしたので、実際に会社をみるのは初めてだ。慣れない街だったので、早めに家を出て、周囲を散歩することにしていた。
準備ができている時ほど何も起きないもので、
駅から降りてすぐにオフィスを見つけることができた。時計はまだ8時半を指している。零は、オフィスの周囲を歩いて、慣れない街を散策し、スマートフォンアプリを開いて公園を探した。12月も終えようとするこの季節、息は白い。零は、公園に向かう途中で、缶コーヒを買って10時を待った。
9時30分になった。
散々、twitterをみて、音楽を聴きながら、零は周囲を歩きつづけていた。冬場であるはずなのに、コートを着た零は、少し汗ばんでいた。
事務所への階段を登ると、そこには訪問者用のiPadがあった。
スマートフォンアプリの会社に勤めながら、じつのところ、零はアプリ音痴だ。自分の属性を選択する画面で「お客様」「宅配業者様」などの選択画面を見つけては、社員であるはずの自分はどちらを押せばいいのだろうかとつまらないことにも悩んだりした。入力をし終えたつもりになったのだが、本当に入力を終えたのかも分からない。
入力を終えたつもりになってから2分。もしかすると、入力できていないかもしれないとiPadを触り始めた零の後ろから「神永さんですか?」と声をかけられた。零は、「は、はい」と、少し慌てながら答えた。振り向くと、そこには、外資系ベンチャーを絵に描いたような美しい女性が立っていた。「こちらへどうぞ」。零は、そう言われてオフィスに入った。零は、選んだ会社が正しかったと、少しだけ喜んだ。
「こちらが神永さんの机です」
人事の方から指を指されて、自分の机を知った。9時35分にもなり、就業時間まで20分を切っているのに、オフィスには3人程度しかいない。リモートワーク下で、わざわざ、僕のために人事の方は出社したのだろうか。そんなことを思いながら、自分の居場所がなくて、スマートフォンをいじって、時間を潰した。
顔を上げると、知らないうちに、社員の方が20名ほど出社していて、3〜4名でまとまって何かを話していた。自分はまだお客様なのだろか。そんなことを思うほどに、出社した社員の方たちは、あるグループは楽しそうに、あるグループは真面目な顔で何かを話していた。零には、この会社の盛り上がりを感じていた。
零を迎えてくれた人事の方が「神永さん、朝会始まるんで、カレンダの朝会のURLにログインして待機してください。今日は一緒に出席しましょう」と言って、隣に座った。
零は少しだけ照れていた。
【法務(ー1日目)】クリスマスだって勉強するでしょ(秘密保持契約の実務(第2版) ―作成・交渉から営業秘密/限定提供データの最新論点まで )(3/3)。
森本先生らが執筆された「秘密保持契約の実務(第2版) ―作成・交渉から営業秘密/限定提供データの最新論点まで」を読むことにした。
秘密保持契約は、
法務部からはその重要性自体問われる場面にも遭遇するが、主として、知財担当者からは、重要性こそ、主張されており、取扱自体が会社によって異なる契約書といえるのかもしれない。ただ、これから入社初日を迎えようとする零にとっては、事業部との最初の接点となる契約書である。しっかりと”いいところ”を見せたいと思っていた。
書籍の目次を見てみると次のようなことが書かれていた。
第1章 秘密保持契約の作成・交渉(P1)
第2章 秘密保持契約の条項(P17)
第3章 従業員との間の秘密保持契約に関する留意点(P101)
第4章 秘密保持契約を検討する際に理解しておくべき、営業秘密・限定提供データ漏えいをめぐる民事裁判の争点(P123)
第5章 営業秘密漏えいに対する刑事的制裁(P197)
第6章 限定提供データの保護(P237)
巻末付録
付録1 契約の形式面の調整
付録2 秘密保持契約書サンプル(和文)
付録3 秘密保持契約書サンプル(英文)
書籍で行われた説明を元にした契約書のサンプルが入っているのは嬉しいし、外資系企業に勤めようとする零にとって英文の契約書があることも嬉しかった。何より、交渉を意識して記載されたこの書籍は、さながらOJTのように、法務の現場にいるような感覚になることができる。また、法務体制の確立を職責としている零にとっては、訴訟になった場合の対応や、情報の管理についてまで言及されていることが、ガバナンスの勉強にもなる点でも心強かった。この本の素晴らしさについては、ビジネス法務2023年2月号でも触れられているようだ。
秘密保持契約の条文の表題として挙げられているのは下記であった。
-
頭書(内容・当事者・目的)
-
秘密情報の定義
-
秘密保持義務とその例外
-
目的外使用の禁止
-
秘密情報の複製
-
秘密情報の破棄または返還(破棄/返還の選択・時期・証明書の要否)
-
損害賠償(賠償の範囲・免責規定・違約金・損害賠償額の予定)
-
差止め
-
有効期間
-
情報管理態勢整備義務
-
情報の正確性の不保証
-
知的財産権の付与やライセンスに該当しない旨の規定
-
競合禁止義務
-
株式譲渡契約における秘密保持義務特有の留意点
-
誠実交渉義務
-
準拠法
-
紛争処理条項
-
独立契約者
-
費用
-
通知
-
完全合意
-
権利の不放棄
-
修正または変更
-
分離可能性
-
譲渡禁止
-
他の言語との抵触
-
言語
-
正本
一般条項については、付録に英文契約書の雛形が掲載されているからか、必ずしも、大半の秘密保持契約には載っていない条項までもが説明されていた。一方で、メーカーと秘密契約書を締結する場合によくみるリバース・エンジニアリング禁止に関わる条項は、なぜか掲載されていなかった。零は、少しだけ、インターネットサーフィンをして、リバース・エンジニアリングを含めた条項のある秘密保持契約を参照してみた。
第6条(知的財産権等の取扱)
1 受領者は、法令により明示に認められている場合を除き、甲が開示した秘密情報に関して、リバースエンジニアリング、逆コンパイル又は逆アセンブルを行ってはならないものとする。
2 甲が受領者に秘密情報を開示する場合において、当事者間で書面により契約を締結するのでない限り、甲は、甲の秘密情報にかかる特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、営業秘密及びその他の知的財産権(以上の権利を併せて以下「知的財産権」という。)に関する出願、登録、実施等の権利を、明示であると黙示であるとを問わず、受領者に対して許諾するものではなく、甲は、これら甲の秘密情報にかかる知的財産権に関する権利を留保するものとする。
3 受領者が秘密情報に基づいて発明、考案、意匠、著作物又はその他の創作等をなしたときは、受領者は、直ちに甲に対し通知するものとし、知的財産権等の権利の帰属、取扱い等について甲乙別途協議の上決定する。
(特許庁)
第 5 条 受領者は、秘密情報について、開示者の事前の書面等による承諾なく、秘密情報の組成または構造の分析、解析その他類似の行為を行ってはならない。
(秘密保持契約書 - triBlog 株式会社トリアナのブログ)
第13条(リバースエンジニアリング等の禁止)
情報受領者は、秘密情報及び秘密情報が化体された商材等の成果物について、分解、分析、解析、リバースエンジニアリング等を行ってはならないものとする。
第*条(複製等)
1 受領当事者は、本件目的の遂行に必要な範囲を超えて、秘密情報の全部又は一部を複製しないものとする。また、複製された秘密情報は、秘密情報として取り扱うものとする。
2 受領当事者は、秘密情報を改変、分解、解析又はその他リバースエンジニアリングをしてはならない。
久しぶりに触れた秘密保持契約ではあったけど、
零は、秘密保持契約もまた、契約書がリーガルリスクをコントロールするものとして機能するためには、契約書が、どのような取引過程を通じて、どのような結着点を迎えることが予定されているのか、破談に終わった場合に、どのような処理を想定しているのか、その処理を正当化するための社内規程はあるのかなど、多岐にわたる知識が必要であることを思い知った。
クリスマスだって勉強でしょと思った今日は零にとって正解だった。