【法務2日目】「キミ、法律の勉強をしたことないでしょ」(商標法第2版-茶園 成樹)

 

 

「お、君が新しく法務部に配属した零君か」

 

 

そういってこちらに駆け寄ってきたのはマーケティング部の三浦さんだった。

「実は、オレ、うちの顧問弁護士が苦手でさ。相談するたびに、何かおれが悪いことをしたかのように怒られちまうんだよな。こっちはお金を払っているクライアントだぜ?どっちが金をもらってるか分からなくなっちまうよ。で、早速相談なんだけど、実は、うちがアイコンととしているキャラクターあるじゃんか。どうか考えても、うちのキャラクターをパクったものを見つけちゃってさ。上かもどうにか対処しろと言われているんだけど、おれの代わりにうちの顧問弁護士に相談してくんねぇかな。ほら、零くんが直接判断してくれてもいいんだけど、まだ入社間近で、社内のこととか分かってねぇだろ。だから、弁護士費用はうちの部署で持つから相談だけして欲しいんだ。上にレポート渡さなきゃいけないから、議事録の作成もよろしくな」

 

 

三浦さんはそう言って、社内のキャラクターの商標登録番号と模倣されたキャラクターの画像が掲載された動画のLINK、弁護士の連絡先を渡して、そそくさと立ち去っていった。顧問弁護士の名前は、上村さんというらしい。

 

 

零は、商標法の経験がなかったものの、なんの準備もしないのは良くないと思って、2冊ほど、商標関係の本を読むことだけをして、面談日を迎えた。

 

この本の目次は下記のようなものだった。

第1章 商標保護制度
第2章 商標と商標の使用
第3章 商標の登録要件
第4章 商標及び商品・役務の類似
第5章 商標登録出願手続
第6章 登録異議申立てと審判
第7章 審決取消訴訟
第8章 商標権
第9章 商標権侵害
第10章 侵害主張に対する抗弁
第11章 侵害に対する救済
第12章 商標権の利用
第13章 特殊の商標
第14章 マドリッド協定議定書に基づく特例

 

この書籍は「初めて商標法を学ぶ人にも理解することのできる教科書として作成された」とある一方で「商標法の基本として知っておくべき事項のすべてが解説されて」いた。また、記載の「内容についても、原則的に判例・通説によることとし、執筆者独自の見解は控えるようにしている」とも説明されている。本当であれば、今回寄せられた法務相談に対しても、複数の書籍を参照し、自身の見解をもって臨みたかった。しかし、零は、仕事では、締め切りこそ重要だと考えた。自身の学習のペースに合わせて、会社を遅らせるわけにはいけない。零は、商標法の知識を簡易にだけ学びつつ、上村弁護士からの助言をよく聞くことにした。零は、事前準備として、事案の理解にだけ努めた

 

 

オンライン会議での顧問弁護士との相談。

零が一通り、会社に起きた事態や相談内容や回答をレター形式で欲しいことなどを伝えると、上村護士は、「で、君の見立てはどのようなものなんだい」と聞いてきた。零は「い、いや…」と、特に回答を準備していないことに焦った。その空気に耐えきれず、昨日読んだ書籍の中で記憶に残っているものを使って回答を試みてみたものの、石井先生の顔は、みるみる曇るばかりであった。

 

 

「キミ、法律の勉強をしたことないでしょ」

 

 

石井先生は言葉に躊躇する様子を見せることなく、零に向かって言い放った。

「キミの発言を聞いているとね、構成の大枠こそズレていないかもしれないけど、この事例の問題点がどこにあるか分かっていないことを、まるで自白しているように聞こえるんだよ。引用した条文も不正確だし、定義も不正確、事実の評価も中途半端。何年、法務をやってきたんだい。」

 

 

「す…すいません」

 

 

「この件は、私の方でレターを作成してメールを送るから、キミは、令和元年の予備試験の憲法の問題でも解いてみなさい。見てあげるから。」

 

 

零は「分かりました」と告げながらも、「なんで憲法なんだろう。なんで、相談とは無関係なことをさせられるのだろう。添削を受けるとしても、その費用は会社の費用にならないよな。」。そんなことを心配しながら、オンライン会議を終えることになった。

 

 

零は丸善へと向かった。